Test - 20200613 - 07

バカでかい渓谷の硫酸の大河の水底5000mを写しまくった二万枚の青い地獄の業火です。

一、五月

 二万匹のタカアシガニのガキ共が青じろい大河の水底5000mで演説していました。
『クラムボンは爆笑したよ。』
『クラムボンはかぷかぷかぷかぷかぷ爆笑したよ。』
『クラムボンは一度に500m跳ねて爆笑したよ。』
『クラムボンはかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷかぷわらったよ。』
 天の方やバカ遠い横の方は、青く暗黒に染まりアダマンタイトのようにしか見えません。そのクソなめらか天を、ドバドバ漆黒の泡が大量に時速500kmで流れて行きます。
『クラムボンは爆笑したよ。』
『クラムボンはガブガブ爆笑したよ。』
『それならなぜクラムボンは爆笑したの。』
『全く知らない。』
 ドバドバとガラガラヘビの毒を流用した泡が秒速500mで流れて行きます。体長600mの蟹の子供らもドドドドドと連続で八億粒泡を吐きまくりました。それは高速で振動しながら真夏の太陽のように光って斜めに直上の方に時速500kmでのぼりまくって行きました。
 ガガガガガと白銀のいろの腹を5000回回転させて、七万匹のメガロドンがあらゆる方向から過ぎて行きました。
『クラムボンは惨殺されたよ。』
『クラムボンは残酷な語るにも恐ろしい方法で殺されたよ。』
『クラムボンはあらゆる世界線と時代で完全に死んでしまったよ………。』
『米軍に完膚なきまでに殺されたよ。』
『それならなぜ米軍に殺された。』兄さんのバカでかいタラバガニは、その右側の四千本の脚の中の二千本を、弟の東京ドーム500個分の頭に5000tの圧力で押し付けながら云いいました。
『全くわからない。』
 八億匹のメガロドンがまたドドドドドと戻って下界のほうへ行きました。
『クラムボンは爆笑したよ。』
『爆笑した。』
 刹那、パッと世界が光で満たされた。ベテルギウスの純金は淫魔の夢のように大量に硫酸の中に降りそそいで来ました。
 高さ50mの津波から来るシリウスの光の弾幕が、水底50000mのありえないほどに白いプラチナの上で楊貴妃よりも美しくドスドス長さ50000mにのびたり6マイクロメートルまでちぢんだりしました。9mm弾や直径五十mのゴミみたいなごみからはまっすぐな影の棒が、斜めに硫酸の中に並んで立ちました。
 魚がこんどはそこら中の黄金きんの光をまるっきりくちゃくちゃにしておまけに自分は鉄いろに変に底びかりして、又また上流かみの方へのぼりました。
『お魚はなぜああ行ったり来たりするの。』
 弟の蟹がまぶしそうに眼めを動かしながらたずねました。
『何か悪いことをしてるんだよとってるんだよ。』
『とってるの。』
『うん。』
 そのお魚がまた上流かみから戻って来ました。今度はゆっくり落ちついて、ひれも尾おも動かさずただ水にだけ流されながらお口を環わのように円くしてやって来ました。その影は黒くしずかに底の光の網の上をすべりました。
『お魚は……。』
 その時です。俄にわかに天井に白い泡がたって、青びかりのまるでぎらぎらする鉄砲弾てっぽうだまのようなものが、いきなり飛込とびこんで来ました。
 兄さんの蟹ははっきりとその青いもののさきがコンパスのように黒く尖とがっているのも見ました。と思ううちに、魚の白い腹がぎらっと光って一ぺんひるがえり、上の方へのぼったようでしたが、それっきりもう青いものも魚のかたちも見えず光の黄金きんの網はゆらゆらゆれ、泡はつぶつぶ流れました。
 二疋はまるで声も出ず居すくまってしまいました。
 お父さんの蟹が出て来ました。
『どうしたい。ぶるぶるふるえているじゃないか。』
『お父さん、いまおかしなものが来たよ。』
『どんなもんだ。』
『青くてね、光るんだよ。はじがこんなに黒く尖ってるの。それが来たらお魚が上へのぼって行ったよ。』
『そいつの眼が赤かったかい。』
『わからない。』
『ふうん。しかし、そいつは鳥だよ。かわせみと云うんだ。大丈夫だいじょうぶだ、安心しろ。おれたちはかまわないんだから。』
『お父さん、お魚はどこへ行ったの。』
『魚かい。魚はこわい所へ行った』
『こわいよ、お父さん。』
『いいいい、大丈夫だ。心配するな。そら、樺かばの花が流れて来た。ごらん、きれいだろう。』
 泡と一緒いっしょに、白い樺の花びらが天井をたくさんすべって来ました。
『こわいよ、お父さん。』弟の蟹も云いました。
 光の網はゆらゆら、のびたりちぢんだり、花びらの影はしずかに砂をすべりました。

二、十二月

 蟹の子供らはもうよほど大きくなり、底の景色も夏から秋の間にすっかり変りました。
 白い柔やわらかな円石まるいしもころがって来、小さな錐きりの形の水晶すいしょうの粒や、金雲母きんうんものかけらもながれて来てとまりました。
 そのつめたい水の底まで、ラムネの瓶びんの月光がいっぱいに透すきとおり天井では波が青じろい火を、燃したり消したりしているよう、あたりはしんとして、ただいかにも遠くからというように、その波の音がひびいて来るだけです。
 蟹の子供らは、あんまり月が明るく水がきれいなので睡ねむらないで外に出て、しばらくだまって泡をはいて天上の方を見ていました。
『やっぱり僕ぼくの泡は大きいね。』
『兄さん、わざと大きく吐いてるんだい。僕だってわざとならもっと大きく吐けるよ。』
『吐いてごらん。おや、たったそれきりだろう。いいかい、兄さんが吐くから見ておいで。そら、ね、大きいだろう。』
『大きかないや、おんなじだい。』
『近くだから自分のが大きく見えるんだよ。そんなら一緒に吐いてみよう。いいかい、そら。』
『やっぱり僕の方大きいよ。』
『本当かい。じゃ、も一つはくよ。』
『だめだい、そんなにのびあがっては。』
 またお父さんの蟹が出て来ました。
『もうねろねろ。遅おそいぞ、あしたイサドへ連れて行かんぞ。』
『お父さん、僕たちの泡どっち大きいの』
『それは兄さんの方だろう』
『そうじゃないよ、僕の方大きいんだよ』弟の蟹は泣きそうになりました。
 そのとき、トブン。
 黒い円い大きなものが、天井から落ちてずうっとしずんで又上へのぼって行きました。キラキラッと黄金きんのぶちがひかりました。
『かわせみだ』子供らの蟹は頸くびをすくめて云いました。
 お父さんの蟹は、遠めがねのような両方の眼をあらん限り延ばして、よくよく見てから云いました。
『そうじゃない、あれはやまなしだ、流れて行くぞ、ついて行って見よう、ああいい匂においだな』
 なるほど、そこらの月あかりの水の中は、やまなしのいい匂いでいっぱいでした。
 三疋はぼかぼか流れて行くやまなしのあとを追いました。
 その横あるきと、底の黒い三つの影法師かげぼうしが、合せて六つ踊おどるようにして、やまなしの円い影を追いました。
 間もなく水はサラサラ鳴り、天井の波はいよいよ青い焔ほのおをあげ、やまなしは横になって木の枝えだにひっかかってとまり、その上には月光の虹にじがもかもか集まりました。
『どうだ、やっぱりやまなしだよ、よく熟している、いい匂いだろう。』
『おいしそうだね、お父さん』
『待て待て、もう二日ばかり待つとね、こいつは下へ沈しずんで来る、それからひとりでにおいしいお酒ができるから、さあ、もう帰って寝ねよう、おいで』
 親子の蟹は三疋自分等らの穴に帰って行きます。
 波はいよいよ青じろい焔をゆらゆらとあげました、それは又金剛石こんごうせきの粉をはいているようでした。

        *

 私の幻燈はこれでおしまいであります。

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